コーチングのクライアント(相談者)がよく口にする言葉。

「過食症を完治させたい」

「過食嘔吐を完全に克服したい」

そう思いますよね、分かります。

 

もちろん過食症を克服することは大切だけど、

「完」「完全」っていう言葉がつくときには、

ちょっと考えてみてほしいんです。

 

毎日過食をしてた人が、

治したいと心に決めて1ケ月間、過食をしなかったとします。

これは「完治」なのでしょうか?

 

ところが、1ケ月と1日目に

気持ちが揺らいで過食嘔吐をしてしまいました。

これは「また過食症になった」ということ?

 

お医者さんは、

診断書を書くために基準が必要だから、

治ったか、治ってないかを決めるために

「どれくらいの期間」過食していないかを重視します。

 

でも、

過食・過食嘔吐を克服したいと願う私たちにとっては、

幸か不幸か、そんな明確な基準は存在しないんです。

 

「完」「完全」の何が問題かといえば、

世界中のすべての行動の源にあるのは、

突き詰めると「愛(Love)」か「恐れ(Fear)」。

同じ行動でも、

好きだから、嬉しいから、そうするのか、

怖いから、傷つきたくないから、そうするのか。

 

電車で席を譲るのは、

その妊婦さんが安心して電車に乗れるのが嬉しいから?

それとも、席を譲らない自分を責められるのが嫌だから?

同じ行動でも、出てくるエネルギーが全然違います。

 

「完」「完全」を求めることは、

「完全でなくなることの恐れ」と結びつきやすいのです。

一度でも症状が戻ったら、「完治」ではなくなるのです。

そんなふうに、ずっと怖がって生きたいですか?

 

それよりも、過食をしなかった「今日」を喜ぶこと。

誰かと幸せに過ごしている「今」を愛すること。

そんな「愛」のある時間が連なっていた先で、

ふと振り返ると、過食が遠くに見えなくなっていた。

 

そういう克服が、理想なのではないかと私は思います。

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